実践志向

気付きから実践が始まる詩的な日常、あるいはその表現

しるし

ドリカムの歌に

ブレーキランプ5回点滅
ア・イ・シ・テ・ルのサイン

ってあったけど…

あんな感じで運転手と歩行者の間で、言葉によらない意思疎通が起こるのは在り方として美しい。

なぜ唐突にこんな話を始めるのか。

それはきっと、以下のような美しい出来事に出くわしたからなのだろう。

美しい出来事

横断歩道の無い道路にて。

道路を横断する為に車の往来の切れ目を待っていると、一台の車が一時停止してヘッドライトを点滅させたのだった。

わたしはその点滅を受けて、瞬間的に「道をお譲りしますので、どうぞ渡ってください」という非言語のサインへと変換した。

あのような状況において、車が一時停止してヘッドライトを点滅させた場合には「運転手が道を譲ってくれた」と判断してもよい。そんな根拠のない論理が自動的に働いていた。

わたしは車を止めてくれた運転手に対する「感謝」の念とともに、無事に道を渡ることができた。

しるし

こんな風に

「しるし」でわかりあうことができるなら
「しるし」で通じあうことができるなら

言葉ではなく
「しるし」でわかりあえたなら

きっと世界は笑顔に包まれて
涙は感謝の味に染まるはず

しるし

読んでくれてありがとう
の「しるし」

f:id:fugu029:20180913191735j:plain:w400