実践志向

気付きから実践が始まる詩的な日常、あるいはその生き様

瞑想づくしな一日

きょうは、瞑想づくしな日となりました。たいへん充実した体験となったので、皆さんにも共有します。

午前中~瞑想道場~

午前中はこちらに参加しました。去年もお世話になった道場です。

wakeup0113.peatix.com

今回の瞑想では大きな収穫がありました。瞑想体験を通して、自分自身の意識が俯瞰的(中庸)な視点に在るという感覚が、おぼろげながらも掴めた気がします。

最初の瞑想では…

  1. 呼吸を観察する
  2. 頭頂部の辺りに生じるフワフワとした感覚に囚われる
  3. 呼吸から意識が離れていることに気付き、呼吸に再び意識を戻す
  4. またもや頭頂部の辺りにフワフワとした感覚が生じ、その感覚に囚われる
  5. 呼吸から意識が離れていることに気付き、呼吸に再び意識を戻す

といった形で、呼吸→頭頂部→呼吸→頭頂部…と、意識を一点に留めることができていなかったのです。そもそもが「呼吸を観察するように」という誘導だったのに、意識があちらこちらに散らばっていて、全くもってマインドフルネスな領域には程遠いな~とさえ思っていました。

ですが、二回目と三回目の瞑想で、その認識が覆ったのです。

頭頂部の辺りに生じた、あのフワフワとした感覚が鍵でした。あそこに留まれば留まるほど、自分自身の身体がただの物体であり、その場にただ自分が在るのだという感覚が深まっていくのを感じました。

去年から継続して瞑想を実践している私ですが、ここまで俯瞰的(中庸)な視点に立てたのは初めてでした。やはり「継続は力なり」なんですね。

そういえば、三回目に行った瞑想は少し特殊で面白かったです。「ある人物の尊敬できる部分をイメージし、その尊敬できる部分が自分自身のなかにも在ることに気付く」といった内容でした。わたしは、浄土宗開祖である法然上人の功績をイメージしました。「念仏を唱えるだけで極楽往生できる」という、大衆ウケする手軽な信仰を作り出した功績が尊敬できたからです。

この功績をイメージすればするほど、自分自身の内側に微小ながらも、法然上人の功績と似た種があることを確認できました。もし「この人は凄い」と感じたなら、その凄さを既にあなたは持っているのです。

午後~サイキック道場~

午後からは同じ場所で、さらにディープな領域へと足を踏み入れてみました。

ptix.at

怪しさ満点な講座名ではありますが、ただただ純粋に面白かったです。講座の中で印象的だったことを、いくつか共有してみます。

情報源からの驚くべき答え

わたしの情報源に対して「まだ習慣化していなくて一度もやったことが無いことで、今すぐにでも始めた方がいいことは何ですか?」と問いを投げてみたら…

太極拳

という言葉が下りてきました。確かに人生で一度もやったことが無いけれど…これは意表を突きすぎている答えだったので驚きでした。

人生における方向性

この講座の中で「わたしの人生における方向性、道、使命」をリーディングしてみたいという気持ちがあって、一番最初にそのことについて問いを投げたのです。

それに対する答えは「伝える」という言葉だけでした。

どうやら、あまりにも問いが抽象的すぎると、情報源からの答えも抽象度が増してしまう傾向にあるようでした。というか…実はこの件に関しては、リーディングする以前に答えが出てしまっていました。

講座開始前の休憩時間に、会場に置いてあった本棚を眺めていたら、以下の本が目に留まったのです。

「魂の目的」ソウルナビゲーション―あなたは何をするために生まれてきたのか

「魂の目的」ソウルナビゲーション―あなたは何をするために生まれてきたのか

この本は、数秘術を使って魂の目的を知るというスタンスの本なのですが、この本の内容を講座開始前に読んでいた影響がもろに出ていました。

ですから、いかに最初の問いを純粋に投げることができるのか。そこが鍵になってくるようです。