実践志向

気付きから実践が始まる詩的な日常、あるいはその生き様

再会と実践①

ここ数日間は『再会と実践』のエネルギーが根底に流れているイベントへの参加が多かったです。とても印象的な時間だったので、二回に分けて皆さんにお届けしたいと思います。

12月8日(金)夜~瞑想~

2017年7月7日、七夕の日から始まった「マインドフルネス瞑想会@武蔵小杉」に足を運んだ。

m-yogahome.jp

第1回目~第6回目まで毎月参加してきた私が思うに、この瞑想会は、マインドフルネス瞑想を通して、毎回違った参加者と「穏やかさ」を共有しあうような空気が流れていた。五感を研ぎ澄まし、穏やかな空気に身を委ねていくような体験がただただ心地よかった。

年内最後の開催だったが、来年の1月26日(金)にもまた同じ場所で開催されるようだ。

来年もまた足を運ぶだろう。

12月9日(土)午前~ヨガ~

西武池袋線椎名町駅の改札を出て、階段を下りるとすぐ目の前に見えるお寺。真言宗豊山派金剛院佛性寺。

www.kongohin.or.jp

このお寺では、毎週月・水・土曜日(月曜、土曜は午前中~、水曜は夜~)に寺ヨガが開催されている。私は今年の3月に初めて足を運び、いまも定期的に足を運んでいる。

12月9日(土)は、なんとなく寺ヨガから始めたい気分だった。

3ヶ月ぶりに土曜日のクラスに顔を出した。担当の先生は裏側にいてわたしの姿を見ていなかったが、「おはようございます」の声から、私だとすぐに気が付いたらしい。

3ヶ月前に参加したとき、先生に手渡していた奈良のお土産があった。会話はそのお土産の話から始まった。3ヶ月は長いと思っていたが、案外そうでもないらしい。3ヶ月間の空白を埋め合わせるような時間が、ゆっくりと流れていた。

参加者が一人また一人と増えていく。土曜日のクラスは、参加者が30人以上になることもあるほど人気の高いクラスだが、この日はそこまで人も多くなく、ゆったりとした雰囲気からヨガが始まった。

いや、そんな雰囲気は束の間だったのかもしれない。平常運転とでも言うべきか。ヨガという名の「筋トレ」が幕を開けた。次の日かならず身体のどこかが筋肉痛になってしまうほどの力強さで。3ヶ月ぶりの今回もまた尻のあたりが筋肉痛になってしまった。

それでも…

また参加したくなる『何か』があった。

12月9日(土)午後~読書~

直観力が素晴らしい講師の粋なお誘いで「レゾナンスリーディング入門編」の再受講に足を運んだ。

blog.fugu029.jp

「この読書法ならば積ん読が無くなるかもしれない!本棚に飾ってあるだけの本さえも、ものの数分で読み直せるかもしれない!」と意気込んでいたのが嘘のように、自己啓発本を読んだ後に陥りがちな病に冒されている現状を打破すべく。そんな自分に喝を入れるべく。ふたたび向き合いなおすという意味も込めての再受講だった。

再受講の結果どうなったのか。

「家に帰ってからレゾナンスリーディングで本を1冊読んで、あわよくば書評の記事をブログに投稿する」と意気込んだのはいいが、結局ものの見事に何もやっていない

ただ、今回はここから新たな気付きが生まれつつある。

こうして「レゾナンスリーディングで本を読んでやるんだ」ということを言えるような状況に、自分自身を置いてしまっているのだ。願い方を盛大に間違っているというか。「〇〇したい」と言ってしまうと、その裏に隠されている意図の方が叶ってしまうのである。

それならどう願うのが正しいのだろうか。

またもや迷宮入りしそうな難題が私の前に現れたような感覚がある。

12月9日(土)夕方~瞑想~

「キャンドル瞑想会」に足を運んだ。

www.link-natural.com

印象的だったのは、キャンドルの炎を凝視する「トラタック瞑想」だ。中心にあるキャンドルの炎だけをまばたきせずにずっと凝視するという瞑想なのだが、ある瞬間に一つだけ灯っているはずの炎が、二つに分離したように視えた瞬間があった。

左目と右目のそれぞれが炎を視ているかのような、そんな不思議な感覚だった。

それともう一つ。

口を閉じた状態で発声し、声の振動を身体に響かせていく「ハミング」というものを初めて体験した。自分の身体に響く丁度良いレベルの声を探っていくのが、なんだか楽しかったし、とても心地よかった。

自分の声の響きで自分自身を癒しているような感覚だった。

Meditation