実践志向

言葉の感覚を大切に。「気付き」から「実践」が始まる詩的な日常。

気付きの極みを歩む道

どうも。ふぐだいすけです。

昨夜は取り乱してしまいました。

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ごめんなさい。

この「ごめんなさい」は誰に対しての「ごめんなさい」なのだろうか。きっと、このブログをいつも読んでくださっている読者の方々と、自分自身と、昨夜わたしを揺さぶる事件を引き起こした女の、いずれかなんだろうな。

そんなことはどうでもいいわ。

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今回は、きのうの事件が起こった影響で、いまの自分が向き合わなければならない問題の『本質』に気付いたので共有します。

群れている奴らが大嫌い

ひとりじゃ何にもできない癖して、集団になった途端に人格を豹変させるような人間が大嫌いです。物心ついた頃からずっと、そんな奴らの悪くて汚れた雰囲気にまみれるのが嫌で、外側から奴らを冷めた目で眺めていました。

奴らの低次な視点とは違う、より高い視点から冷静に観ることができている自分に『誇らしさ』を覚えることもあったような気がします。

ずっと、自分自身を特別視しまくってきました。こんなクソみたいな観念を27歳の今日に至るまで、ずっとクソ真面目に信じ続けてきたんですね。

みんな平等、みんな一つ

自分自身を特別視していたという現実に気が付いてみると、さっきまで嫌で嫌で仕方なかった「群れている奴ら」の見え方が変わってきました。

群れている奴らは、みんな等身大なんです。誰も自分自身を飾ることなく、ただ純粋に『いま』を楽しんでいる達人たちの集まりでした。先ほど「奴ら」と揶揄してしまったのが恐れ多いぐらいです。

極論かもしれないけれど、無意識にいま流行りのマインドフルネスを実践している、すごい集団に見えてきました。

で、何が言いたいの?

27年間ずっと縛られ続けてきた「群れている奴ら」に対する観念を取り払う必要があるということです。

もちろん、この観念を死ぬまでずっと信じきってしまう道もあるでしょう。が、もう今の観念にとらわれているだけでは、次元上昇できないというか、成長できないことが分かりました。

真逆の方向に歩み出していくのだから、大変な印象を受ける方がいるかもしれませんが…実は、真逆に見えて真逆ではないんですよ。そもそも表とか裏とか、そういう基準では語れない話なんです。

最終的な到達地点は一緒だけれども、最短距離を歩んでいくか、「歩いていればそのうち着くさ」の精神で歩んでいくか、の違いと似たような感覚があります。

ですから、『いま』この瞬間から真逆のように思える道を歩んでいきます。『いま』とか言っておきながら、もうこの記事を投稿する頃には過去なんだろうけど、そんな言葉の限界さえも超えていきたいです。

この問題を永遠に「キャストオフ」してしまいたい。


仮面ライダーカブト全ライダーキャストオフ集