実践志向

言葉の感覚を大切に。「気付き」から「実践」が始まる詩的な日常。

起床後のわたし

どうも。ふぐだいすけです。

起床後は潜在的な感覚と繋がりやすい。日中そんな嘘か真かわからないような情報を目にして、真に受けてしまったのかもしれませんが、

いま無性に…起床した瞬間の内側の感覚を記録しておきたい。そして可能ならば、内側の感覚のさらに深層にある根っこの部分も暴いていきたい。

そんな衝動に駆られています。

どんな感覚があるか

以下の感覚を同時に感じられます。

  • 不安
  • 恐怖
  • 孤独感
  • 空虚感
  • 胸の辺りが詰まった感じ
  • 右足首・右膝の違和感
  • 肩のはり

感覚の根っこを暴く

伝えなければならないことがあります。それは非常に険しい道です。直感的にわかります。でも、その道に気付かないふりをしているのかもしれません。

真剣に自分自身と向き合おうとしていないから、楽に歩めそうな道がものすごく光り輝いて見えてしまって、そっち側に寄ってしまっています。

楽に歩めそうな道と険しい道。双方の道のどちらにも歩み出そうとせず、ただ俯瞰している。

これが感覚の根っこに最も近いです。


やはり、こうやって気付いたことを淡々と綴るのは大切ですね。

二元論に陥っていたようです。

生か死か。
成功か失敗か。
正解か不正解か。

世の中は断定できないことだらけなのに、無理矢理にでもこの型にはめようとしている自分がいます。

現代は、0と1の情報をやり取りしあって、偽りの『コミュニケーション』を助長するような情報技術に溢れています。便利な反面、過信しすぎてしまうと世の中の理が私のように見えなくなってしまいます。

そういえば、情報技術の分野で数年前から「量子コンピューティング」というキーワードが流行っていますが、あれはもしかしたら、0か1かの二元論では語れない世の中の理を、情報技術で実現しようとしているのかもしれません。

人間の欲望は恐ろしいところに到達しつつあるようです。昨今、自然災害が多くなってきているのも警告的な意味合いが強いのかもしれないですね。

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

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