実践志向

言葉の感覚を大切に。「気付き」から「実践」が始まる詩的な日常。

仏教的「感覚に気付く」のすゝめ

どうも。
帰ってきて、自宅の入口ドアを開けた瞬間、
ドアの隙間に潜んでいた蛾の襲撃に遭ったfugu029です。

蛾って怖いですよね。

考えてみると不思議なものです。子供の頃は何の抵抗もなく虫と親しめていたのに、いまでは、虫による突然の襲撃という認識ですからね笑

どうやら、あの頃の「私」と現在の「私」は、記憶の中ではつながっていても、どこか違っているようです。

今回はこの違いについて、仏教的に考えてみたいと思います。

人間の感覚

般若心経の中に、次のような言葉があります。

  1. 眼耳鼻舌身意(むー げん に び ぜつ しん い)
  2. 色声香味触法(むー しき しょう こう み そく ほう)

いずれの言葉も、赤文字になっている言葉(概念)が「無」であると伝えています。

それぞれの言葉について、ざっくり説明してみます。

1. 無眼耳鼻舌身意

眼耳鼻舌身意は、セットで「六根」と呼ばれます。人間の五感と心のことです。

  • 眼・・・視覚
  • 耳・・・聴覚
  • 鼻・・・嗅覚
  • 舌・・・味覚
  • 身・・・触覚
  • 意・・・心

「六根」と聞くと、私はこれを思い出します。

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東京都八王子市。高尾山薬王院へと至る参道に、こんな石碑がチェックポイントのように配置されています。高尾山といえば、関東圏の方や外国人観光客にとってはハイキングの定番ですが、「身体を清浄にする修行」という側面もあるのです。

2. 無色声香味触法

色声香味触法は、セットで「六境」と呼ばれます。こちらは、1.で説明した「六根」が認識する対象のことを表します。

  • 色・・・眼(視覚)が認識するもの
  • 声・・・耳(聴覚)が認識するもの
  • 香・・・鼻(嗅覚)が認識するもの
  • 味・・・舌(味覚)が認識するもの
  • 触・・・身(触覚)が認識するもの
  • 法・・・意(心)が認識するもの。心で思い浮かべた出来事や事柄のこと

高尾山のハイキングに行かれる際は、「六根」だけではなく「六境」も意識すると、なお修行感が出て良いかもしれませんね笑

子供の頃の感覚 と 現在の感覚

子供の頃の感覚と現在の感覚。いつまでも変わらないように見えて、どこか違う感覚。

この違いはどこからくるのでしょうか。

私は「意」と「法」にその原因があると考えます。

「意」は心です。眼耳鼻舌身で感じたことが、心に投影され、投影された風景が「法」になります。

「法」は塵も積もれば山となる方式で、どんどん「価値観」や「偏見」「先入観」を生み出していきます。

そこから、自分と他者の違いを認識し始めます。

まるで、新品の綺麗な眼鏡から見えていた景色が、経年劣化と手垢と傷で曇っていくかのように。

「意」と「法」を清らかに

だからこそ、最近「マインドフルネス」や「仏像塗り絵」といったキーワードが、大人の間で流行っているのかもしれません。

自分自身の本来の感覚に気付くこと。

まずは、自分自身の「意」と「法」に気付くことから始めてみませんか*1

気付いたときが、佛縁の始まりです笑

それではまた。

*1:般若心経では、「意」と「法」が無であると伝えていますが、個人的には「六根」と「六境」を認識した上で、般若心経の説く「色即是空」を理解するのが良いと感じます