実践志向

気付きから実践が始まる詩的な日常、あるいはその生き様

Re:「伝えたい」を明確にする

どうも。ふぐだいすけです。

最近、詩の投稿ばかりだったので、エッセイ的な発信は久し振りになります。

今回は、下記の記事にて言及していた『伝えたい』を明確にすることへの回答をさせて頂きます。

blog.fugu029.jp

なにを伝えるか

去年、言霊のチカラを痛いほど感じる出来事があった。

きっかけは些細なものだったのかもしれない。それでも相手に伝えずにはいられなかった。自分自身の心の琴線に引っかかった想いを一方的に伝えてしまって、それが元になり、その瞬間瞬間を大切だと信じて疑わなかった関係性を一瞬にして失った。

言霊の美しさを最も感じられる形である『詩』を書く人間として、最大の禁忌を犯したと言ってもいい。

だからこそ、言霊に宿るチカラを正しく、優しく、素直に扱いたい。美しさ、想い、感情や情緒のリズム、温もり…そういったものを言霊に込めてみたいのです。

誰に伝えるか

顔と顔を合わせないWeb上だからといって、ブログでの姿勢が、対面で会話するときの姿勢と異なるとは思えません。Webという拡散されやすい媒体で言霊を発信するからには、「このブログを読んでくださっている読者」だけでは、対象が狭すぎるような気がしています。

現状は自分のことだけしか伝えられていないので、遠い道のりかもしれませんが、ゆくゆくはもっと幅広く、この世に生きる衆生の為に伝えていきたいです。

どのように伝えるか

現状は下記のサービスを伝える手段として利用しています。

基本的にはこれらの手段を駆使して、従来通りの運用をしていきますが、もっと読み手の立場に立った形式を模索します。

たとえば、思い切ってブログで綴った言葉を詩集として出版しちゃうとか、メルマガで配信してみるとか、朗読してみるとか、歌ってみるとか、なんやかんや適当に言ってますが、きっとそういった形が、これからは求められるんじゃないでしょうか。

なぜ伝えるか

やはり言霊のチカラは凄まじいです。

先日、上野にある東京国立博物館にて開催中の「仁和寺と御室派のみほとけ」展を鑑賞してきました。それ以外にも色々な展示会に足を運ぶ機会が多いのですが、この展示会では特に『手紙(書状)』の展示ブースが気になってしまいました。

とても真似することができないほどの達筆な字から、相手に対する尊重の姿勢が伝わってくるとともに、その一つひとつの言葉から相手に対する想いがひしひしと感じられてならなかったのです。

千年以上前に生きたご先祖様は、言霊のチカラを当たり前のように扱えていました。だからこそ、博物館に展示されるほどの美しさを備えているのだと思います。でも、現代に生きる私たちはどうでしょうか。いまこうしてWeb上で瞬時に拡散できてしまう言葉には、その美しさが流れているのでしょうか。

そんな疑問符が感じられる現状を変えていく為にも、「言霊のチカラを正しく、優しく、素直に扱っていく」ことに光を当てていきたいのかもしれないです。

さいごに

今後ともよろしくお願い致します。

余白

すみません
座席を倒しても大丈夫ですか

の一方で

( )
(スーッと座席が倒される)

そんな光景を目にした

括弧書きの世界と
そうでない世界

どちらが美しくて
どちらが尊くて
どちらが自然なのだろうか

それ自身にとっては
美しくて
尊くて
自然なのだろうか

人の数だけ
違った世界があればこそ

あなたとわたしが
わかりあえて
通じあえて
共鳴しあえる余白がある

何物にも代えがたい
美しい光景だ

こうして言霊に頼るからには
もっとあなたに
美しい光景を届けたい

Conversation

期待とともに

期待を裏切られた

いや

そもそも
裏切られない期待なんて無い

そもそも最初から
期待なんて
してはいけなかったのだ

そもそも最初から
こうなることは決まっていたのだ

期待した瞬間に
その名に期待を込めた瞬間に
裏切られたも同然なのだ

やってくれるではないか

どうしてくれよう
ルマンドアイスよ

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